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 星野はスゴイ 

「これで負けてノンメダルなら当分星野も静かになるだろう」

こう私は想像したが、これが大いなる見当違いだった。先日のニュースゼロで見た星野仙一はWBC監督就任を保留としながらも、ブラウン管からはやる気満々、再三「私のミス」と口にはしているものの、口だけであることだけが「ヒシヒシ」と伝わってきた。

この男、本気で自分の責任だとまるでわかっていない…。

いまだに疑問視されたミスした選手を起用しつづけたことに関して「私はチャンスを与えるタイプ」と自信たっぷりに言い放つ。自らを省みるというシステムが欠落しているようだ。弁はたつので正当化するということをまず先にしてしまう。
これでは何回やっても結果は同じだ。

これって実はすごいことだとすら思った。と同時に野球について非常に勉強させてもらった。
野球は個々の能力値を足した合計値がすなわちチームの強さとなるわけではないのだなと。
オールスターであるうちはチームとしてはまだ未成熟で、韓国チームのようにイスンヨプを支柱とした一致団結集団こそが完成形。
国民性もあるのかもしれないが、彼らの短期決戦における異常な強さは戦前からキューバをして「日本は眼中になく韓国が最大のライバル」と言わしめるだけのことはある。今回の日本の弱さは少し前の巨人の弱さに似ている。

キャッチャーを固定すべきだとも思った。ロッテのピッチャーのときはロッテのキャッチャーの方が良い。これは一見論理的だが、これが成立するというのはオールスターチームでしかない何よりの証左だ。

ピッチャーの采配ミスに隠れているが、キャッチャー起用こそが大失敗だったと私は見る。

疑問1 矢野で固定しなかった
明らかにキャッチャーとしての能力に頭一つ出ている矢野にまかせなかった。短期決戦は情報処理能力戦である。

疑問2 予選でアメリカを生でリードした里崎ではなく三位決定戦で阿部を使う
矢野の打力を足りないとするならば予選で使った里崎を使うべき。先発キャッチャーの根拠が見えない。

疑問3 慣れていない守備位置や投球機会で起用
それはまるでおもちゃを与えられた子供が適当に遊んでいるだけ。酔っ払いが「ダルビッシュを先発で1試合使うなら中継ぎで2試合使ったほうが得ちゃう!?」と大差ない。


最初からメダルを獲れないと思っていた。しかし獲れなかったことで意外なことが勉強できたのも事実だ。

なにやらナベツネが「WBCの指揮官は星野以外考えられない」と言ったそうだ。

一時巨人の監督に星野という話があったが、デマではなかったということだ。つまりナベツネと星野はくっついている。ナベツネは星野を巨人に呼んだのだ。しかし巨人OBの猛反対にあって頓挫した。しかし全日本の箔をつけて巨人監督就任というシナリオを描いていたのだ。

さらに「星野以外いない」という言葉もまんざら嘘ではない。無論指揮官として野村や落合、岡田なども星野より遥かに上だが、「あの世代」ということに限って言えば本当に人材がいない。星野政権時に落合は選手だったからやはり世代が一つ違う。星野の世代といえば山本浩二、田淵、それから東尾、鈴木啓示…ほんと頭をつかって野球をやる人間が皆無だ。自己顕示欲が強くオレがオレがの人間ばかり。選手としては良いかもしれないがいわゆる古きよき野武士のような野球選手だった。今監督適任者といえば野村しかいないと思うが、野村は長嶋世代、60年代の選手だ。野球の未来を考えればその次の世代にそれをもとめたくなるというものだ。

でも監督はよぼよぼの爺さんでいっこうにかまわん。野村が「松中をなぜ選ばない」というと「ほほお、普段対戦しているだけあってなんか理由があるのだろう。是非聞いてみたい!」という気になるではないか。

ただ小生じじ専ではない。たとえば関根さんが「やっぱり松中を選ばなきゃダメですよ」と言ったとしても「なにゆーとんねんっ!」と脊髄反射で突っ込んでしまうでしょう。



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 またまたやらかしたGG佐藤(笑) 

現在星野ジャパン3位決定戦試合中。

GG佐藤のお笑い落球でリズムを崩した和田がスリーランを浴びただいま同点。
攻撃では明らかに気負いすぎの香りが…全員の大振り度合いといったら。

これで負けてノンメダルなら当分星野も静かになるだろう。

泣きながら帰国するのは新井ではなく、GG佐藤になるのか!?
まだGG佐藤を使い続ける星野は意固地になっている。
それとも今から言い訳を、つまりはスケープゴートづくりを始めたのか?

負のキーマンがどのような動きをするか暖かく見守ろう。

「金以外ならいらん!」

と星野が言ったことがどういうフラグになるのか、じき明らかになる。


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 星野ジャパンの限界見えたアメリカ戦 

別に負けるのは良い。
むしろ決勝リーグ進出は決まったのだから、老獪に負けるのは大歓迎だ。

なぜ矢野を使ってデータ収集しないのだろう…

キャッチング一つ見ても、里崎・阿部より捕手として一枚も二枚も上だと先の二試合で実感した。
球威はないが制球のいい川上を捨て投手にしてデータを集めれば良かったのだ。

そして岩瀬の2イニング。

もう今年のペナントでは使えなくなってしまったかもしれん。だから岩瀬を五輪に出したくなかった。
まさに

無駄使い。

はっきり言おう。星野仙一は無能である。腹立たしく野球人として無能である。
さらに付け加えるに、体面を非常に気にするのだ。
アメリカ戦で手を抜いたと思われたくない。一時のバッシングに耐えられない。
目先のことにとらわれて後の1試合が買えない。

非常に腹立たしく、しかし反面、これぞ星野であるとほくそ笑んでいるのである。

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 落合引退発表時の天声人語 

1998年、落合引退発表時に朝日新聞の天声人語で取り上げられた“落合評”。10年前の記事を現在の視点で振り返るのは、後出しジャンケンのようで悪い気がするが、当時この文面を読んだときも実は違和感があった。
天下の朝日の看板コーナーの文章としていかがなものか。落合を変わり者でまとめてしまうあたり、筆者の「オレは認めんよ」的オーラがプンプンしている。



天声人語

プロ野球の落合博満選手が引退した。現役青年長の四十四歳。ロッテ、中日、巨人、日本ハムの四球団を歩き、三冠王が三回。日本人で初めて、年俸「一億円」と「三億円」の選手になった。
引退を決意した理由は?「そんな難しい質問はしないでください」。決意はいつ?「別にこの場でいうことじゃない」。記者会見にはこんな場面もあったらしい。愛想もなにもないけれど、それが落合流でもある。「勝ちゃいい。それだけです」が、この人の野球哲学だった。
大学の野球部を退部したのは「球拾いがバカらしくなった」からだし、ついでに大学もやめてしまった。開幕前の調整も自分流を通した。現役のうちに、自分で「落合記念館」(和歌山県太地町)なるものをつくった。プロ野球労組選手会は脱退。2000本安打で資格ができた「名球会」入りも拒んだ。
チームプレーに向くとは、到底いえない。言動は「和」ということばから遠く離れていた。ただし、それもこれもグラウンドで素晴らしい成績をあげたから、許された。たぐいまれな才能と、そして努力の人だった。健康には細心の注意を払い、十時間以上の睡眠を厳守した。生涯打率3割1分1厘。打撃の面で残した数字は輝かしい。
若いころ打撃フォームをめぐって、かつて強打者だった監督とぶつかった。監督の教える打ち方は自分には向かない、と断固はねつけた。独特のフォームは自ら編み出したものだ。一事が万事、この調子。記録にせよ報酬にせよ、数字と自分がすべて。ここまで徹底すれば、いっそすがすがしい。
記者会見で彼は「自分のような選手が1人でも出てくると、プロ野球はもっと面白くなる」と語った。むろん落合ほどの「天才的異端者」は簡単には現れないだろう。が、いまの世の中、落合ふうの「個性派」が少しずつ出てきそうな予感もする。

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落合ふうの「個性派」はむしろいまの世の中、出にくいのではないか。人と違ったことをやるが、能力に裏づけされているからOK。これからこの手の若者がいっぱい出てくるんじゃないの? という薄っぺらな思考。
個人的には常識とされていることに平然とダメ出しをできるぶれない視線を言及してほしかった。しかも野球部退部を「球拾いがばからしくなった」からって…(笑)。事実の裏に張り付く真意を見るのが記者の仕事ちゃうんか。



 落合のストレス解消法とは 

1987年、中日に移籍したばかりの落合の週べに対するコメント。
いろいろなところで見かけるが現役時代、落合はとにかくよく寝たようだ。

「どこでもいつでも、少しでも暇があったら眠る。眠っていると第一、わずらわしいことは何もないし疲れは取れる。一挙両得ってこのこと。暇を見つけては女房に電話してるじゃないかって? そりゃ夫婦だもん、トーゼンだよ」

 予想通り、初戦敗退 星野野球 

大変いい試合でした(笑)。北京五輪の野球予選、キューバ×日本。


・ぴりっとしないダルビッシュ

・DH阿部(笑)

・宮本のゲッツー

・森野の下手な外野

・里崎の下手なキャッチング

・新井の勝負弱さ

・星野の退場未遂

と見所満載。成瀬は決定打を打たれてしまったけれど、球は良かった。ただ、こういう短期決戦は回の頭から先手先手で投げさせないと。
いきなりランナー背負った状態で「なんとかせい!」と言われても…。

阿部をDHで使うならもっと打つやつを連れてけば良かったのに。小笠原とか。

だいたい、守備位置が本職でないのが多すぎ。森野のレフトはチーム事情で本来はサード。西岡セカンド、宮本サードも本職ではない。一見つないで点をとろうという意図が見える面子ではあるが、じつは打撃重視のオーダーであるという真実。

新井の初回のチャンスと二回目のチャンスでタイムリーが出ていれば勝っていた。敗因はここ。
でもそれは割りと予想できる結果。二度追いつきはしたが、勝つためには追いついたところで安心しないで一気に勝ち越さないと流れは来ない。

しかしキューバの打者はみな直球に対する反応が良い。いちばん「ほお」と思ったのは追い込まれてから藤川が投じたベストコースのフォークを悠然と見送ったこと。配球を読んだのか見切ったのか。あれはすごかった。守備はおそまつ。ピッチャーが頑張り打ち勝つスタイルなのか。

星野仙一、山本浩二、田淵幸一はどれだけ野球を研究していたのだろう。相手投手の持ち球すらわかっていないんじゃないか? 最後に審判の判定に抗議。審判が星野のあまりにも利己主義な顔が言語を超えて伝わってしまい、思わず「退場!」とコール。

とっさの機転で「代打を告げようとしただけ」という言い訳でその失態だけは取り繕えた。

台湾(とくにチェン)にはぜひ頑張ってもらって、日本は予選敗退して早急に帰国いただきペナントを盛り上げていただきたい。

最後には新井の痛恨のエラーで敗れ、泣きながら帰国する姿がリアルに目に浮かぶ。

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 工藤・槙原が落合を語る 

1987年、落合が中日に移籍が決まってそのシーズン開幕前、昭和38年生まれの二人が落合について語っていた。そのくだりを紹介しよう。


尾張の怪童ライバルは両リーグを代表するヤングエースへ


槙原 そういえばロッテから中日に落合さんが移って、今年から二人の三冠王と対戦しなきゃいけないんだぜ。ボクなんか落合さんと対戦したことないんだけど、やっぱり気迫を感じるもんかね。

工藤 ボクは去年は五割も打たれたからね…。配球を考えて仕留めてやろうと、勝負にいくとガツンとやられる。ブラックホールみたいのがあって、そこへ投げた球が吸い込まれるって感じ。落合さんにはこう言われた。「オレ、左投手は嫌いだけど、オマエは好きだ」ってね。「真ん中へ投げろよ。オレ真ん中なら打てないから…」なんて平気な顔していうんだぜ。それが通用してたら苦労しないよ。バースとは一昨年のシリーズと、去年のオールスターで対戦してシリーズではホームランされて球宴では三振。あの人には、ある程度のコースに投げていけば、そんなに打たれないと思ってきたけどね。

槙原 それは違うな。左対左だからバースが怖くないんだよ。バースには甘いコースに投げたら柵越えさ。そしてその甘いコースに球がいってしまう。でもボク、ホームランは毎年1本くらいしか打たれていないな。ヒットはたくさん打たれたけど(笑)。だから落合さんのほうが抑えやすいと思うよ。まあ、あの人の打撃をオープン戦でじっくり見ようと思ったけど、あの人、春先は本気で振らないんだ。今年はいやってほど見ることになると思うけど(笑)。

工藤 でもエンジンがかかり出すと怖いぜ。あの人、右方向へのホームランが多いけど、ボクのときは左へ引っ張って放り込むんだ。好きになろうと努力はしたけど、リーグがかわっちゃあな。

槙原 ま、大物を抑えて投手は大きくなるんだから、こっちとしてはますますハリがでてきたよ。

工藤 ま、せいぜい痛い目に遭わないようにな。テレビのスポーツニュースはちゃんと見ててあげるから(笑)。

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注:結果、槙原はかなり落合を抑えこむ。あの落合が「打てる気がしない」のでセフティバントをしたほどだ。
紆余曲折し、落合はジャイアンツに。そして槙原の完全試合に立ち会い、最後のアウトを落合のミットが掴むという運命をたどる。


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 「こだわりの哲学」を持った男③ 

インタビュー・エッセイ 山際淳司


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■自然流打法

―そのわりにはずいぶんゆっくりと調整していた。キャンプのころは、こんなスローペースで大丈夫なのかと心配になるくらいスローペースだった。

「そう決めてたんだ。あわててバットを握らないぞってね。キャンプの中盤まではバッティング練習をしなかった。フリーバッティングを始め多野はキャンプ終盤だった。ほかの選手よりもツークールからスリークール遅かった。それでも自分の考えていたペースよりも少し早かった。自分はこれで大丈夫だと思っていたんだ。それでも周りが心配し始めるでしょう。ほんとに大丈夫なのかと。そりゃそうだよ。いつまでたってもバットを握らないんだから。それで予定より少し早めてバッティング練習に入った」

―それでも開幕には十分間に合うと信じていた。

「バッティングに関して言えば、とにかく身体が覚えている。毎年ゼロから始めるわけじゃないんだ。感覚を呼び戻せばいいと思っていた。それにね、一件チャランポランに見えるかもしれないけど、オレほど頭を使って野球をしているやつはいないと思う」

―頭を使う。

「そう。身体を使わずに頭を使う(笑)。若い選手を見ているとね、もったいないなと思うときありますよ。みんな自分の練習を終えるとさっさとベンチ裏のロッカールームに引っ込んじゃう。相手チームの練習を見ないし、研究しない。甘いですよみんな。プロ野球選手というのは、一億数千万人の人口があるこの日本でたったの720人しかいない。そのなかで毎年100人近くが入れ替わる。新人が入ればその分だけやめていく選手がいるわけだね。そして中途半端な成績しか残せずにやめたやつはみんな言うんだ。あと一年やりたかったとね。そう思ったときは遅いんだ。できる間にめいっぱいやらなくちゃいけない。オレはやってきたと思うよ。身体を酷使するようなやり方じゃなかった。そのかわり、人一倍、頭は使ってきた。例えば外野でランニングしてるでしょう。相手チームのバッティング練習が続いている。そういうとき、これはというバッターがボックスに入ると走るのをやめてでもその練習を見た。あの選手のあのバッティングはオレにもできるんじゃないか。試合中でもそうだよ。ピッチングを見ながらオレがピッチャーだったらここでこう攻めるなと考えている。バッターボックスに入ったときは、オレが打とうとしているんだからピッチャーはこう考えてくるかもしれない…。いつも頭を使っている。これはホントのことだ」

―実績があるからそういえるんだろうね。

「そう。実際、数字を残していなかったらこんなこといえないよ。今シーズンだって、ここまでのところ比較的調子がいいからこういうことをいえるわけでね(笑)」



落合は、あらかじめ自分でイメージしていたレベルを、ここ数年のうちに超えてしまったのだろう。

どこまでやれるかわからずに、プロの世界に入ってきた。今シーズンまでの六年のうち、最初の二年はレギュラーではない。ケガをしてファームにいた期間もある。第一線に出てきて実質四年。わずかにその四年間のうちに三度の首位打者と三冠王を手にしてしまった。

そこまでくれば、設計図をもう一度書きかえることができる。

「昨シーズンは失敗だった。右にあれだけうまく打てるんだから、同じように左にも打とうとした。そうすれば打率もさらに上昇すると思った。そんな単純なことじゃなかったね。ペケだよ。失敗した。しかし、失敗してわかったこともある。あまりにきれいにヒットを打とうとしすぎた。インサイドは左へ、アウトサイドは右へきれいに打とうとした。バッティングの理想を求めすぎたのかもしれない。そういうときっていうのはちょっとしたことでバッティングが狂い始めるんだ」

昨年は珍しく一つのタイトルもとれなかった。

「自分のバッティングはそういうものじゃない。ポテンヒットであろうが、間チャンヒットであろうが、どっちの方向に飛んだホームランであろうが、一本は一本なんだ。どこでもいいんだ。完璧を求めようと思ってはいけない。

その上で右にこだわっていく。右にホームランを打つのは難しいことだと思う。左にだったら少々おかしい打ち方でもスタンドに入ってしまう。しかし、右に入れようと思えばきちっとした打ち方でないと入らない。右バッターがライトに打つのは難しいと思う。だからそれを基本にしようと思うんだ」


難しい。だからそこにこだわっていく。落合らしい言い方ではないだろうか。

結局、理想のバッティングは現役を退いてみないとわからないのではないか、とも彼は言っていた。例えば、そこにあるビールの瓶をどう持つかと、彼は聞いた。自然に、いつものように、ぼくは手を伸ばした。

「それと同じように、バッターボックスに立ったときも自然にバットが出ればいいんだ。何も考えずに、自然にね。それができれば右にでも左にでも平気で打てる。球だけを見て自然にバットが出ればいい」

ところが―

「それができない。バッターボックスに入れば、ピッチャーの顔も見えるし、手の動きも足の動きも見える。ベンチの動きも見える。バットが自然に出ていくことなんてありえない。だからね、現役を退いてもう一つの目で野球を見られるようになったとき、ホントに野球がうまくなるんじゃないかと思うんだ」

自分のバッティング、そしていくつもの記録にこだわり、その反面諦観している。揺れ動いている。揺れ動きながら、もうひとまわり大きくなろうとしている。

1985年、初夏。二度目の三冠王を目指す落合博満は、そういう地点に立っていた。

<了>


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注:この記事の中で言われている「ダメだった年」1984年だが、打率.314、本塁打33、打点94。決して悪い数字ではない。
ちなみに実質フルシーズン出た中でこの年の三振数33というのは落合の成績の中でもっとも少ない。かといって早打ちになったのかというとそうでもない(四死球数が98でリーグトップ)。
本人の感覚というのは数字には表れないものなのか?


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 「こだわりの哲学」を持った男② 

インタビュー・エッセイ 山際淳司


■野望


「秋山にこれほど早くおいついてしまうとは思っていなかった。もう少し時間がかかると思っていたんだ。向こうのペースが一度落ちてくれたからね。プレッシャーがかかるところなんだろうね。あれだけ打つと相手ピッチャーも厳しい攻め方をしてくる。いつまでも打たれるばかりじゃやってられないからね。インサイドにも厳しい球が来るし、そこをどう乗り切るかが秋山にとっては課題だと思うよ。それにトップに立つと精神的にもきつくなる。追うほうがラクなんだ」

―追いつくのが早すぎたんじゃないかな。今度は自分のほうにプレッシャーがかかってしまう。

「それは何度も経験していることだからね。それに考え方が変わってきた。ライバルと言う形で人を相手にしなくなったんだ」

―どういうこと?

「例えば誰かが3割5分を打つとする。すると自分は3割5分1厘を打たなければと思っていた。ライバルに勝つということはそういうことだね。4割を打つバッターがほかにいたら、オレは4割1厘を打つ。そう考えていたんだ。相手よりも少しでも上回れば勝てる。今年はどうもちがうんだ。結局は自分とのたたかいになる。誰かに勝つというんじゃなく、自分が設定した数字に勝とうとしている。つまり、自分と、そして数字とたたかっている」

―打率は?

「4割。不可能じゃない。げんにアメリカでは過去に4割バッターが出現しているんだからね。それにおれはシーズンの後半に強い。4割以上のペースで打つことは可能だと思う。今が3割6分台でも、これを4割にのせることができる」

―打点は?

「130をこえるだろうね。これはヒットが出たり、ホームランが出たりしているうちにおのずと増えていくわけだから、もっと増えるかもしれない。150とかね。あらためて目標を置かなくても数字はどんどんと伸びていくよ」

―ホームランは?

「45本をこえる。そういうレベルの争いになるんじゃないかと思う」


落合の頭の中にある数字とは、そういうレベルのものだという。

仮に、それに近い成績を残せば文句なしに三冠王ということになるだろう。二度目の、三冠王である。

「それくらいやらないと、借金を返せないよ」

笑いながら彼は言った。昨シーズンのオフ、落合は結婚して新居を構えた。1億5千万円の豪邸だという。それをすべて借金でまかなった。
これからは18年にわたって毎月150万円也を返済していくのだという。それも大変なことだ。

タイトルを一つでも多く獲れば、それだけ年俸も上がる。その他の収入も増える。18年もかからずに、もっと短い期間で返済できることになるだろう。そのために、頑張るのだという面はたしかにある。

が、それだけではない。

カネはたしかに格好の目標になるのだが、それだけでは馬力にならない。それとは別のモメントが必要になる。

繰り返し書くが、落合は三冠王になった。三度、首位打者になった。パリーグのみならず日本のプロ野球を代表するバッターにもなった。このペースで行けばそれなりの評価を受ける。

しかし、それだけではまだ満足できないのだ。

例えば三冠王にしてみても、一度もとったことのない人間にとっては大きな目標だが、一度手にしてしまうと、どれほど偉大なものであっても色あせてしまう。首位打者のタイトルにしても同様だ。感激は徐々にうすれていく。一度、頂点に立った人間は、さらにその上の頂点を目指さなければならなくなってくる。どこまでいっても満足ということがない。きりがなくなってくるのだ。

そういうところに、落合はさしかかっている。

落合夫人の信子さんがおもしろいことを言った。

「野球のことはあまり詳しく知らなかったですね。最初に三冠王をとった年の正月だったと思うんですけど、彼が三冠王をとると言い出したんです。それがどれだけ大変なことか、私は知らなかった。だから、実際に三冠を達成してしまったときも私にはあまり感激がなかったんです。ホームラン部門で二位の方と一本差しかなかったということもあるんですけれど、もっと完璧な三冠王をとらなくっちゃと、私はいったんですね。オレのことを褒めないのはお前だけだと、彼は言っていました(笑)。たしかにそのとおり。でもそこで満足しちゃつまらないでしょう。もっと大きな目標があるんじゃない? まだ誰もやったことのない記録を作ってみたら?―野球を知らないぶんだけ気軽に言えますから、私はいつもそういう言い方をするんですよ。まわりがみんなちやほやするから、せめて私ぐらいキツイことをいわなくっちゃ。でないと風船みたいに舞い上がっちゃうでしょ。一生懸命に足を引っ張って、地につけようとしているんですよ」

地に足をつけさせながら、さらに大きな目標設定をする。そういう形で落合家は団結しているらしいのだ。

バッターとして、日本のプロ野球史上、誰もやったことがないもの。レコードブックを見ていけば、おのずと目標は見えてくる。落合は、先にも書いたとおりプロ生活のスタートが遅いから、例えば通算安打数の記録などは目標にならない。

結論を言えば、シーズンを通して4割以上の打率を保つこと。4割を打った首位打者の初登場である。もう一つある。トリプル・トリプル・クラウンである。

過去、二度三冠王になった選手は日本では王貞治ただ一人である。アメリカのメジャーリーグでもロジャース・ホーンスピー(カージナルス、1922年、1925年)とテッド・ウィリアムス(レッドソックス、1942年、1947年)の二人だけだ。三度三冠王になる、つまりトリプル・トリプル・クラウンは今のところ一人もいない。

「それを狙っている」

落合は、そういうのだ。でも無理だと思うけどね―などといったりはしない。できる、その可能性は十分にある、というのだ。

そこまでやらないと、何かを残したことにはならないのではないか―落合はあのバッターボックスで、じつは消しようのない野望をめらめらと燃やしている。

<続く>






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注:この記事は1985年のシーズン途中に書かれたものだ。つまり二度目の三冠王に向かって邁進中に書かれたもの。このときから落合は三度の三冠王を狙っていたことを証明する貴重な記事だ。

そしてその野望はご存知のとおり、翌年達成されることになる。


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 「こだわりの哲学」を持った男① 

「こだわり」―それは信念、執念ともいえる。そして一つの物事にこだわりを持つことは、男の美学ともいえるだろう。落合博満がそうだ。彼は、自分のバッティングにこだわりを持っているのだ―。


山際淳司氏のエッセイ引用




ヘルメットのかぶり方がいいと思っていた。

やや、深めにかぶる。カクテル光線がヘルメットに反射する。目の辺りは影になっていて、スタンドからは見えにくい。それでもバッターボックスに立っているのが落合博満であると、すぐにわかる。背番号を確認しなくてもだ。バットをやや前に倒すように構える。グリップエンドの位置は高い。背筋はピンと伸びている。

何よりも落合はバッターボックスで落ち着いている。うろたえることはない。予想外の球がくる。見逃す。やられたな。そういうときでも彼は表情を変えたりはしない。意地でも変えない。右手の人差し指でちょっと鼻の辺りをかいたりする。せいぜいそれくらいだ。で、どうしたのという雰囲気で次の球を待つ。悠然と。相変わらず見の当たりに影をつくりながら、である。

ヘルメットのひさしの部分を上に向けてのっぺりとした顔を平然とさらすバッターのほうが多い。心もちあごをあげてテレビカメラにうつりやすいようにしているバッターもなかにはいる。アップにたえる面構えでもないのに。

落合は違う。あごを引き、いつだって目の辺りは影になっている。そういう印象が強いのだ。
それが好ましいと思えた。なぜだろうか。



落合博満は鋭い光を放つバッターだと思っていた。ギラギラ輝いたりしない。それはアイドルのような選手にまかせておけばいいことだ。

十代のころからスター選手であったわけではない。高校時代は無名。大学に入ったものの中退。一度は野球をやめ、田舎に帰った。その理由が何にあるにせよ明らかに失敗である。野球をやるつもりで大学に入ったのに、途中で投げ出してしまったのだ。

ブランクをおいて、社会人野球を始める。東芝府中だ。それほど強いチームでもなかった。そこで注目され、プロ入り。二五歳のときだった。他の選手に比べれば、プロとしてのスタートは遅い。あこがれのプロ野球の世界には入れてとてもうれしいですと、満面の笑みを浮かべて語れるほど若くはなかった。ひとくせもふたくせもある新人だった。


落合のバッティングは独特のものだった。

ピッチャーの投げる球を十分にひきつける。ひきつけられるだけひきつけておいて、早いバットスイングで捉える。内角球ですら、ライト方向にもっていきうバッティングだ。

右方向に払うように打っているようにも見える。バットスイングのスピードが速いからそれができる。その技術は他のバッターには真似できないだろう。

なぜそういう打ち方になったのかぼくは何度か落合に聞いてみた。

「ガキのころのクセが残っているんだよ」と、あるとき彼は言った。

「野球の基本も何も、しらないときにゴムのやわらかいボールで遊ぶだろ。遠くへ飛ばそうと思って、すくい上げるように打つわけだ。アッパースイングだね。それがそのまま続いているわけだよ」

そういうものだろうか。たぶん違うと思う。その話を聞いたのは落合が三冠王になったころだ。今から三年ほど前、落合はパリーグの打撃タイトルを独占してしまった。

三冠王とガキのころの野球。その取り合わせがおもしろい。落合もそこらへんを楽しんでそういう話をしていたのかもしれない。

あるときはまた、別の説明の仕方をしてくれた。

「東芝府中にいたときだね。あのころはインサイドに速い球を投げるピッチャーがいなかったんだ。社会人の試合に行くとほとんどのピッチャーがアウトコースを攻めてきた。それを打たなきゃ勝てない。それまでは必ずしも右打ち専門じゃなかったんだ。府中のグラウンドに行ってみればわかる。ライトとレフトに高いネットが張られている。フェンスオーバーして民家の屋根を直撃してしまうからネットを張ることになったんだ。おれが右にばかり打ったらレフト側のネットはいらなかったはずだ。実際はレフトにもライトにもセンターにも打ち返していた。それだけじゃ試合に勝てない。当時のノンプロ投手を攻略するために右打ちをマスターしたということになるだろうな」

プロに入って、その独特なバッティングに磨きがかかった。そして三冠王のみならず、三年連続首位打者のタイトルも獲った。八一年から八三年にかけてである。


文句なしに一流バッターである。


しかし彼はダイアモンドのように輝きはしなかった。これはたぶんに個人的な感想になるのだが落合は相変わらずいぶし銀のようなとでも形容すればいいのだろうか、シブイ光方をしていた。どこか影を引きずりながら光っていたのだ。引きずっていたのは影ではなく、こだわりだったのかもしれない。
こだわり―例えば自分の職人芸に近いバッティングに対するこだわりである。

それがはじけようとしているのではないか。それが今シーズンの落合博満だ。

もう一度三冠をとるぞとシーズン前から落合は言っていた。

それ以前には四割バッターになるとも言っていた。打者落合博満としての公約のようなものだ。

「ホラを吹いているわけじゃないんだ」

と、真面目な顔で彼は言った。

打率は三割六分台をキープしていた。パリーグのトップだ。打点でも他を圧倒していた。ホームラン部門でも西武の秋山のペースがガクンと落ち、落合が早くも追いついた。

落合に会ったのは、そういう時点だ。

<後編に続く>


 山本昌が200勝 

2008年開幕当初、ドラゴンズの先発ローテは川上・中田・朝倉・小笠原・山井と見られていた。残り1枠を成長著しい吉見・チェン・川井そしてベテランの昌が争うという状況だった。後がない昌の初登板は突然の故障で降板、即ファームに降格しもはや昌は使えないと思った人も多かったはずだ。

2007年の昌は前年のノーヒットノーランの余韻からか、少し“ナメていた”部分があったのではないか。2勝しかできなかったというよりも敗戦数が8も上回っていることがチームのリーグ優勝に逆功労した事実として歴然と輝く。

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↑2007年の昌

2008年の昌は髪を短く切り、頬も引き締まり前年とは別人のように絞り込んできているのがブラウン管を通してもわかった。反省したのだろう。

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↑2008年の昌

周知のとおり、開幕当初のドラゴンズ投手陣は神がかった様なピッチングを披露したが、1人怪我、また1人精神をやられ…と崩壊した。その中でベテランらしく腐らず、崩れず勝ちを重ね、ついに200勝した。
8回を抑え、「9回は岩瀬」と思ったが、そう!オリンピックでいなかったんだ!と本気で思った。昌はそんな状況でなんと完投してしまった。人間って、岩瀬がいないと思うとちゃんと9回までいけるのが不思議だ。落合は「日本シリーズじゃないから当然」と言い放っているが、いやいや(笑)。岩瀬がいたら9回は岩瀬ですよ、絶対。あの場面、誰が行ってもガチガチだろうし、今いる中で一番確率の高い浅尾が行ったとして、抑えられるか? まだそこまでの信頼はないし、仮に打たれでもしたら選手生命が終わるだろう。(追記:中田と吉見はこれにかなり近い状況にある)よって昌続投だったはず。
200勝のお祝いコメントの中で元同僚の山崎武が「交流戦での球を見たら今年中に行けると思った」と述べている。やはり練習は嘘をつかないし、練習したことによって精神力が上がるということなんだなと。


本人のコメントによると今年は大好きなラジコンを封印しているらしい。「野球で頑張るためには何か我慢しないとね」…う~ん、でもこれは当たり前では?
とあるブログサイトの調べによると、本業(?)のラジコンではチームの激闘をよそに年間6勝もしたらしい。勝つ/負けるの二択ではなく、「エキスパート部門」という最高峰のクラスの中で堂々の優勝が6、である。
山崎のコメントはこう続く。「これで心置きなくラジコンができるんじゃないの?」





ちょっと待った! シーズンが終わるまではもう少し封印しててくれ!!

シーズン勝ち星二桁を目指すとコメントした昌の誠意に期待したい。
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