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 【落合博満 43歳 春爛漫】「超スロー」理由はハム投手研究 

1997/02/24, スポーツニッポン

 前日(二十二日)のフリー打撃開始とともに、オープン戦全試合帯同を宣言した落合。キャンプではたった一人超スロー調整を続け、まだ“出来上がった”という状態ではないのにどうして--と思ったら、やっぱりちゃんと理由があった。
 「自分んとこのピッチャーが見たいんだよ。オレがDHやるんなら見なくていいけど、ファーストやる以上見とかないとね。これは守る上で重要なことなんだ」
 横浜担当だった昨年。記者は、相手チームの主砲だった落合が絶妙のタイミングでマウンドに歩み寄る姿を何度も目にした。必ずしもパッと見て誰もが分かるピンチ--という訳じゃない。だが、“ああ、ここで野手がマウンドに一声かけてやればなあ…”という場面は一試合の中で必ず何度かやって来る。そんな時、サッと投手に声をかけるのが落合はものすごくうまいのだ。
 しかし、日本ハムナインとは合流してまだ三週間あまり。投手一人々々の性格、クセ、リズム、乗るパターン、崩れるパターンまでは頭に入っていない。だからこそ「見とかないと…。とんでもない時にマウンドに行ってもしょうがないしさ」と落合はいう。十一年ぶりのパ・リーグ復帰。対戦するのは見慣れない投手ばかりとなるが、こちらは「前からボールが来るんだからなんとでもならぁね。こっちがキッチリ打てば何を放られたって怖いものないんだから」とかわし、とにかく味方投手をじっくり見たいからこそのオープン戦全試合帯同なのだ。
 フリー打撃開始から二日目となったこの日はスケジュール通りの打撃練習で65スイング、続いてランチタイムの特打で115スイングと計180スイングに汗を流した落合。練習後には取材に訪れた巨人・長嶋監督の二女・三奈さん(28)=テレビ朝日ディレクター=と久々に談笑したが、その笑顔が自然だったのが印象的だった。(小阪 美貴)



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 落合博満さん パ・リーグの最優秀選手に選ばれた(ひと) 

1985/11/06, 朝日新聞

 打率、本塁打、打点の「三冠」のほか、出塁率、勝利打点もトップで、MVPは確実視されていた。受賞発表の感想も「決まったよ、あ、そう、という感じだな」。
 過去、日本のプロ野球では王(巨人)しか成し遂げていない「2度の三冠王」を、開幕前から「取る」と公言していた。「調整もうまくいったし、だれと競争しても最後には勝つ自信があったね」
 自由奔放で鳴る。「練習はきらい」と平気で言う。が、「天性の素質をもっている」(広野・打撃コーチ)うえに、目立たないが、研究熱心、努力家。
 たとえば打撃練習。ゆるい球を軽く打つ姿は、真剣味に欠けるように見えるが、これがフォームをチェックするために自ら考え出した調整法。どこにも打ち分けられる抜群の打撃術も、入団後、ふと目にした先輩打者の打法を下敷きにし、改良してきたものだ。
 今季の充実ぶりには、稲尾監督ですら、しばしば舌を巻いた。それでも西武のパ・リーグ優勝決定(10月9日)前後、張り合いをなくしかけ、打撃不振に陥ったことがあった。「フンドシを締め直しなさい」。9歳上の妻信子さんのこのひと言が、打撃争いのラストスパートをかけさせたという。
 「結婚は、あらゆる面でプラスになった」。たばこをやめた。夜な夜な出歩いたネオン街にもほとんど行かなくなり、試合が終わればまっすぐ東京・世田谷の自宅に。
 「選手はまだ10年は続けるつもりだ」。次の目標は、まず、前人未到の3度目の三冠王。もうひとつ、打率4割も狙うが、これは「もうちょっと力が落ちて、ロッテに新しい4番打者が出てからのことにする」。
 「お互いとしだから、早く欲しいんだが……」。タイトルよりも、今は2世を手にする方が難しいらしい。
 (森二三夫記者)



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 有明抄(酒) 落合博満 

1998/10/16, 佐賀新聞

独自の打撃理論で「おれ流」を貫き通した現役最年長の日ハムの落合博満選手がバットを置くことになった。
「現役生活にピリオドを打ちます」。引退記者会見もあっさりと十分間で切り上げたという。

「誇りに思うことは」と聞かれて、落合選手は「二十年間野球をやれたこと」と胸を張った。
前人未到の三度の三冠王と首位打者、打点王、本塁打王を各五回獲得した過去の栄光を口にすることはしなかった。

現役最後の打席となった七日のロッテ戦。上田監督が引退の花道に「指名打者で先発出場を」と考えたようだが、落合選手は断っている。
「(プロの人生が)代打で始まったから代打で終わりたい」。打撃の職人の落合流美学であろう。

日ハムは今季前半、トップをキープしながら後半、自滅して優勝を逃した。
「日ハムを日本一にする」と豪語してヤクルトをけって入団しながら七月には先発からはずれ、その後は代打に終始、ベンチに姿がないこともあった。

右手親指を痛めたり、持病のアキレスけん痛で走り抜くのも無理だったらしい。
本人にとっても悔しく不本意だったろう。
しかし、ボロボロになっての引退にも「心残りはない」と落合流の強気を見せた。

初の一億円プレーヤーなど打撃力を年俸に反映させた先駆者といわれる。
金額の一番高いチームと契約するなど四つの球団を渡り歩き、それが通ったのは強打者であり続けたからだろう。
強烈な個性で一匹オオカミといわれた存在感のある大打者が姿を消すのは寂しいことだ。(酒)



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 さらば職業野球人 ノンフィクションライター・鈴木洋史さんが語る落合博満 

1998/10/17, 毎日新聞

 「1960年代を代表するバッターは長嶋さん、70年代は王さん、80年代はおれだと思う」と言い切れる男、日本ハムの落合博満選手(44)が14日、現役を引退した。「不言実行の男」は多くを語らず、大打者の素顔はそのすごみの陰に隠れたままだが、落合選手との共著「不敗人生」があるノンフィクションライターの鈴木洋史さん(41)が見た落合選手とは――。

 「数字がすべて」とは落合の口癖だ。3度の3冠王など数々の記録に対する自負と、結果を残せなかった時には責任を取るという覚悟を表明した言葉だと、前々から僕は解釈していた。とすれば、ここ2年の「数字」は落合の自負を傷つけ、身を引くことを覚悟させるに十分だった。

 僕はすでに去年、今回の引退を予感させる象徴的なシーンを目撃していた。春先のオリックス戦だった。落合は外角低めに逃げていくスライダーにバットを合わせてライト前に運んだ。落合らしい技ありの一打であり、悠然と一塁に向かった。と、その時、イチローが猛然とダッシュして一塁に矢のような送球をした。慌てて駆け込んだ落合は塁上で照れ隠しのようにおどけ、イチローは無表情で守備位置に戻った。

 落合にとっては、剣豪同士の果たし合いのように、ボールがホームベース上を通過せんとする一瞬に勝負はついている。言い換えれば勝負の相手はただ一人、ピッチャーなのだ。だが、イチローにとっては、インプレーの間はつねに勝負は続き、フィールド上の全員が勝負に参加している。その違いを見せつけられた時、一瞬たりとも目が離せないイチローの野球に興奮すると同時に、落合の野球が時代に追い越されていることを痛感した。

 落合ほど鬼っ子的な名選手は珍しい。

 「プロは金」という発言や調停にまで持ち込んだ年俸交渉で「金の亡者」と非難されてきた。だが、本業である野球で1円でも多く稼ごうとするのは当然のことだ。しかも、サラリーマンと違って保障のない世界に生きているのだ。表向き金にクリーンを装い、コマーシャル出演などの副業で大金を稼ぐ選手よりも、落合の方がよほど健全であり、自分の職業に誇りを持っていることになりはしないか。プロとしてとことん勝負していく自負と覚悟を持っていると言えないか。

 ロッテ時代にはその「個人主義」ぶりも眉(まゆ)をひそめられてきた。いわく「チームの勝利よりも個人の成績を優先して考えている」。そういうイメージがあっただけに、巨人時代、ピンチの時にマウンドに歩み寄る姿がテレビに映り「落合も意外に……」と評価されたが、そんなことはロッテ時代からやっていた。

 落合は「オレはロッテ時代から……」とは決して説明しない。同様に、スランプの原因がけがにあっても絶対に説明しない。黙っていることでどれだけ非難されようとも、落合は口を開かない。それをすれば、言い訳がましくなるからだ。

 落合にはそういう強さがある。「プロは金」という発言にしろ、言い訳をしないという姿勢にしろ、僕はそこに落合の精神的な強さを見るのだ。

 ◇根は単なる“野球好き”

 だが、その“強い落合”も根は単なる野球好きだ。

 巨人から他球団への移籍話が持ち上がっていたころのことだ。僕は落合との共著「不敗人生」のための取材で渦中の落合家を訪れていた。

 「たとえ代打に回ることになっても、将来のことを考えたら巨人に残った方がいいと思ったんだけどねえ」と、信子夫人が巨人への未練を口にした。

 すると、ソファに寝転がりながら愛犬の頭をなでていた落合が子供のような口調で言った。

 「だって、オレ、野球やりたいんだもん」

 僕はそこに落合の素顔――野球少年の面影を垣間見たような気がした。

 今回の引退記者会見で「誇りに感じていること」を問われ、落合は「20年間、野球をやれたこと」と素っ気なさそうに答えたがその言葉の裏には野球に対する限りない愛情があるのだ。バットを置くことの寂寥(せきりょう)感はどれほどのものだっただろうか。
……………………………………………………
 ◇鈴木洋史氏(すずき・ひろし)




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 落合博満…『応用』から編み出した神主打法 

張本は1981年に引退したからロッテでは落合とかぶっている。その年は落合が初めてのタイトルを獲得した年でもある。晩年の張本とデビュー間もない落合の出会いを張本が自身の著書で紹介している。



落合博満…『応用』から編み出した神主打法

文●張本勲 最強打撃力バットマンは数字で人格が決まる
 落合のバッティングを初めて見たのは、彼のプロ2年目。私がロッテに移籍した1980年(昭和55年)のことだった。確か7月のある日、高畠康真打撃コーチが「ファームにものすごい選手がいるので、一度見てもらえませんか」といってきた。さっそく川崎球場に出向いて彼の打撃練習を見てみると、なるほど上からきれいにボールを叩いているので、打球の回転が良く、途中からグングン伸びていく。外角低めのボールに対しても両腕がしっかり伸び、遠心力を使って飛ばしていく。
 品のある打球。端的に言うならば、そういう感じだった。私は高畠コーチに尋ねた。
「なんでこんなにいいバッターなのに、一軍に上げないの?」
返ってきた答えは、次のようなものだった。
「山内(一弘)監督が、今のままではインハイが打てないからダメだと」
 私と山内さんは、そのときは選手と監督の関係だったが、かつては東映の張本と大毎の山内としてタイトル争いをした間柄。オールスターではクリーンアップも組み、打撃論もよく交わした。野球に関しては素直というか純粋な考え方をする人だというのは十分承知していたので、双方の立場はさておき、ざっくばらんに進言した。
「誰がインハイを完璧に打てるのか。監督だって王や長嶋だって私だって、インハイを打てないから必死にファウルして、次の球を引き出していったんじゃないですか」
 当時のパ・リーグは前期・後期の2シーズン制。前期はロッテが優勝していたが、後期はルーキー左腕・木田勇を擁する日本ハムが強敵になる、というのが私の読みだった。まして日本ハムには木田以外にも、高橋一三、村上雅則、間柴茂有といった左の好投手が名を連ねていた。右打者の落合は貴重な戦力になると考えた。
「落合を一軍に上げてくださいよ」
 私の意見を、山内さんも「それもそうだな」と受け入れてくれた。
 結局、落合はこの年の後期シーズンから一軍に定着した。
 このころの落合は、後年「神主打法」と呼ばれた体の中央付近にバットをゆったりと立てるフォームではなく、極めてオーソドックスな、自然体の構えからスイングに入っていた。バットがトップの位置に入ったとき、若干グリップが下がっているように見えるのだが、実は体と一緒に沈んでいるだけなので、グリップは下がっていない。そして、前足をステップしたとき、凡人はグリップが体の動きにつられて前方に出かかってしまうのだが、落合の場合は弓を引くように、そのままの位置に残っていた。また、長嶋さんの項でも触れたが、たとえ左足が開いてもつま先が開かない。このあたりが落ち合いの長所だった。
 ライト方向にホームランを量産し、82、85、86年(昭和57、60、61年)と3度の三冠王に輝いたが、本質的には中距離バッターと言っていい。しかし、47ページ掲載の“ミートポイント図”の項でも説明したように、落合は外角球を2つのポイントでさばくことができた。狭い川崎球場を本拠地とするアドバンテージを最大限生かすべく、本塁打を打つコツを身につけたところに、彼の非凡さと賢さが表れている。
 先ほど「神主打法」について触れたが、これは独自に編み出した落合流の「応用」である。自分本来の形からもっと楽に、と考え、柳のようにしなやかにバットを操るフォームにたどり着いた。普通の指導者では教えられない形だ。
 良き指導者と巡り合うことが、野球選手にとって重要なテーマであることはすでに書いた通り。落合にとっても高畠コーチとの出会いは大きかったと思うが、その反面、いつまでもコーチのアドバイスに頼っていると、本当の自分の流儀が身につかない。したがって、落合クラスの選手になると、ある時期からはひとりでフォームを固めていったほうが、長い目で見てプラスに働きやすい。ちなみにワンちゃんも、荒川さんが巨人のコーチを離れたあとの73、74年(昭和48、49年)の計2度、三冠王に輝いている。


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